2022/10/10 奈佐原顕郎
我々が生きる環境において, 光は最も重要な現象のひとつである。端的に言えば, 光はものを暖め, 水を蒸発させ, 植物に光合成をさせる。自然環境の中で起きる様々なできごとにおいて, 光は多くのエネルギーの源なのである。従って, 光の量や質を測ること自体が, 環境計測の大事な目的である。
一方, 光は様々な情報を我々にもたらしてくれる, 便利な信号媒体である。実際, 我々は目で見える視覚的情報に多くを頼っている。その拡張として, 光の様々な性質(波長・偏光など)を利用して, 様々な計測ができる。写真やビデオ映像はもちろん, サーモグラフィやレーダー等がそれにあたる。
そこで, 光を使う(あるいは光を対象とする)計測の仕組みを学ぼう。といっても, その技術体系(光学や電波工学)はとてつもなく広い。ここではその基盤となる概念を学ぶのである。
光は電磁波である。電磁波とは, 電場と磁場に同時に生じる波動である。電場と磁場は, 荷電粒子に(その電荷量に比例するような)力を与える空間の性質である(この力をローレンツ力という)。
電場と磁場をきちんと定義するならば, 粒子に働く力を\({\bf F}\) , 粒子の電荷量を\(q\) , 粒子の速度を\({\bf v}\) , 電場を\({\bf E}\) , 磁束密度を\({\bf B}\) とするとき, \[ {\bf F}=q{\bf E}+q{\bf v}\times{\bf B}\] となるようなものである(\(\times\)はベクトルの外積)。
問題1: 人の目が光を感じることができるのはなぜか? ヒント: 人の目の中には色素という分子があり, その分子の中には割と自由に動くことのできる電子がいっぱいある。その電子に光があたると, 光の電場が...
質問: なんか抽象的でよくわかりません。イメージできません(泣)
質問: 理解せずに覚えるのですか? それって受験勉強でよくある, ダメな勉強ではないのですか?
質問: ベクトルの外積とは何ですか?
質問: 上の説明では「磁場」という言葉がありましたが, 式には磁場は無く, かわりに「磁束密度」というものが出てきました。どうなっているのですか?
なぜだかわからないが, 人類のする限り全ての電磁気現象はこの4つの方程式を満たす。そういうわけで, 人類はこの4つの方程式を, まるで神のお告げのように(笑), 頭から正しいものと信じるのである。そのような法則を基本法則という。基本法則は自然科学における憲法のような上位の定速であり, 覚え, 受け入れるべきものである。
そして「光」も電磁気現象であり, この4つの方程式から数学的に導出される。それが光の存在証明である。その詳細は拙著「大学生のための応用数学入門」などを参照されたい。そして, 光に関するあらゆる現象や派生的な法則(屈折や反射や分散など)は, これらの方程式に戻り, それらに基づいて説明されるのである。従って, 光を使う計測を仕事にする人は, これらの方程式を覚え, 理解するように努めるべきだと私は思う。
マクスウェル方程式から導かれる光の性質として, 最も重要なのは「重ね合わせの原理」が成り立つことである。「重ね合わせの原理」とは, 複数の現象があったとき, それらの重ね合わせ(それぞれを何倍かしたものどうしを足し合わせたもの)も現象として成り立つ, とか, ひとつの現象をいくつかの別々の現象の重ね合わせで表現できる, という法則である。これは光に限らず, いろんな現象に成り立つ法則だが, これが成り立たない現象もある。ある現象について重ね合わせの原理が成り立つか否かは, その現象を支配する数学(方程式)が線型かどうかで決まる。マクスウェル方程式は線型方程式であり, マクスウェル方程式から導出した光の方程式(波動方程式)も線型方程式である(その詳細は拙著「大学生のための応用数学入門」などを参照されたい)。従って, 光という現象には重ね合わせの原理が成り立つ。
さて, 光は波動であると言ったが, 波動とは何だろうか? それは一定のパターンが空間を移動するような現象である。光は, 電場(もしくは磁場)のパターンが空間を移動する現象なのだ。
この「パターン」はどんな形でもよい。たとえば下のグラフのようなパターン(横軸がx軸, 縦軸が電場のy軸方向としよう)が, 右方向(x軸の正の方向)にそのままの形で進んでいく。そういう波(光)もあってよい。
ここで「重ね合わせの原理」を活用する!! このパターン(グラフ)を, いくつかのサインカーブ(三角関数)の重ね合わせで表現するのだ。すると, 次のような4つのサインカーブの重ね合わせでこのグラフができていることがわかる(というか, この4つの三角関数を足して作ったのが上のグラフだったのである)。
問題2: 実際に, sin(x)+sin(2x+0.3)+sin(5x+3.0)+sin(8x+0.4)のグラフをパソコンやスマホで描いてみよ。図1と同じようなグラフが出てくるだろう。ヒント: Geogebraが便利!
実は, 現実的な波動現象に現れるようなパターンのほとんどは, このようにサインカーブ(三角関数)の重ね合わせで表現できるということが数学的に証明される。これをフーリエ解析という。この考え方は極めて重要だ。どんな光もサインカーブ的な光の重ね合わせで表現できるのだから, 結局, 光に関するどんな現象も, サインカーブ的な光について解明すればよいのだ(その結果を適当に重ね合わせればどんな事例にも対応できる)。
サインカーブ(三角関数)の良いところは, 数学的にシンプルで扱いやすいということだ。たとえばその微分や積分は簡単である(オイラーの公式を使えば他にもいろいろ簡単になる)。そういうわけで, 高校の物理学も含めて, 光(とその他の波動現象全般)の理論は波のパターン(波形)としてサインカーブを前提に組み立てられうことが多いのだ。
ところが!!! 我々の社会の教育文化では, こういう重ね合わせの原理やフーリエ解析の考え方を教えずに, 光や波といえばいきなりサインカーブ(三角関数)を持ち出して教えることがほとんどである。そしてそのことを疑問にすら思わず, 「波と言ったらサインカーブだよな」と頭から思い込んでいる人が実に多い(君はそうではないだろうか?)。これは大変な誤解である。上述したように, 波の波形にはサインカーブもあれば, サインカーブとは似つかぬ複雑なパターンもありえる。もしサインカーブだけが波であったなら, 津波も地震も音も光も, 一定の強弱の繰り返しが永遠に続くはずだ。実際はそんなことはない。太陽の光は朝始まって夜に終わる。津波も地震も多様な強弱を伴う複雑なパターンでやってきていずれは終わる。だからそれらはサインカーブではない。むしろ我々の日常ではサインカーブ的な波形に出会うことの方が稀なのだ。にもかかわらずサインカーブで波を考えるのは, その背景に「重ね合わせの原理」と「フーリエ解析」の考え方があるからなのだ。
正弦波には波長・振幅・位相という3つの特徴量がある。これらは光による計測技術において大変重要なのでここで理解しておこう。
以下のような2つのサインカーブを考えよう。波長は正弦波の繰り返しの長さである。青色の波形は8 mごとに繰り返しているから周期は8 mである。オレンジの波形は4 mごとに繰り返しているから周期は4 mである。振幅は電場のピーク値である。青色の波形では2 N/C, オレンジ色の波形では3 N/Cである。
次に, 以下のような3つのサインカーブを考えよう。これらは波長も振幅も同じ波だが, 横にズレている。端的に言えば, このズレが位相である。もしこれらが右に進む波ならば, 緑の波は青やオレンジの波の将来に相当する。従って, 緑の波は他の波よりも「位相が進んでいる」という。具体的には, 緑の波はオレンジの波に比べて, 波長の1/4だけ進んでいる。普通, 三角関数の引数に相当する角で表す。すなわち位置が波長ひとつぶんだけ進むと角は2πだけ進むので, 波長ひとつぶんだけ進んだときに位相は2πだけ進むと表現するのである。従って, 波長の1/4は2π/4つまりπ/2という位相に相当する。すなわち, 緑の波はオレンジの波よりπ/2だけ位相が進んでいるのである(同様に考えれば青の波はオレンジの波よりπ/8だけ位相が進んでおり, 緑の波よりπ/8だけ位相が遅れている)。
以上のような波長・振幅・位相という概念は, 図1のような複雑な波形(現実世界のほとんどの波)には成立しない。しかし, 上述の「重ね合わせの原理」と「フーリエ解析」の考え方で, 波形を複数の(多くの場合は無数の)正弦波(三角関数)の重ね合わせで表現する。そのときの各三角関数の係数を, 波長ごとに並べたもの, つまり横軸を波長, 縦軸をその波長に相当する三角関数の係数とするようなグラフ(関数)を, スペクトルという。スペクトルは, 複雑な波形について, 波長○○mあたりはこのくらい, 波長△△mあたりはこのくらい混じっている, という考え方である。光の強さや反射率, 透過率などを波長別に議論するときは特に, その係数の絶対値やその2乗を考えることが多い。
スペクトルの例として, 空から地表に向かう光のスペクトルと, 地表から空に向かう光のスペクトルを観測したデータを以下に示す。このグラフは筑波大学のアイソトープ環境動態研究センター 環境動態予測部門の実験草原(地図)で2022年8月8日の正午頃に観測されたものである。分光器とか分光放射計という装置で観測されたものである。光を正弦波に分けること(フーリエ解析すること)を分光というのである。
観測した時の対象の様子がカメラにも記録されている。それが以下の画像である:
まず上図の紫色の線に着目しよう。これは空からやってくる光のスペクトルである。その光は主に太陽の光球から直接やってくる光だが, 空のそれ以外の部分, すなわち青空の部分や雲の部分などからやってくる光もある。それらが混ざって地表に到達するのだ。そのスペクトルは, 500 nmくらいの部分にピークを持つ, 概ね山型のグラフである。このピークは後に述べる「熱放射」の「ウィーンの変位則」という法則で概ね決まる。ところどころに極小があるのは, 太陽光にはその部分の波長の光がもともとあるにもかかわらず, 大気中の粒子(分子やエアロゾル等)によって吸収された結果, 弱くなってしまったのである。大気中の粒子には, それぞれ特異的に吸収しやすい光の波長がある。
次に上図の緑色の線に着目しよう。これは地表から空に向かう光のスペクトルである。その光は当然, 地表にある物体, この場合はほとんどが草の群落からやってくるのだが, そのほとんどは空からやってきた光が草の群落で反射したものである。波長700 nmまでは大部分で0に近いのだが, 550 nmあたりで小さなピークが見られる。これは植物の色素, 特にクロロフィルによる光の吸収のせいである。クロロフィルは波長400 nmあたりの光(人の目で見ると青い光)や波長680 nmあたりの光(人の目で見ると赤い光)をよく吸収するが, 波長550 nmあたりの光(人の目で見ると緑色の光)を吸収しにくいのだ。それに対して, 波長750 nmあたりから先では大きな値をとっている。これらの光を吸収する色素や構造を植物はほとんど持たないため, 植物はこれらの光を反射してしまうのである。
問題3: 植物がこれらの光を吸収しないのなら透明になって透過するだけではないだろうか? なぜ反射するのだろうか? ヒント: 透明なガラスを粉々にするとどう見えるか? ガラスの粉のひとつひとつが植物の細胞壁で囲まれた部分だと考えよう。
我々は光を正弦波の重ね合わせに帰着させて考えるのだが, 実は正弦波は波長によって性質が大きく変わる。おおざっぱに言えば, 波長の短い正弦波は後に述べる光子(量子)としてのエネルギーが高く, 分子や原子の構造を変化させる能力を持つ一方, 直進性が強い。波長が長い正弦波は「回折」と言って, 障害物を回り込んでやりすごしたり広がっていく性質が強い。
そこで, 人は便宜的に, 光を波長に応じていくつかの区分にわけるのである。それは, 波長の短い方から, ガンマ線, X線, 紫外線, 可視光線, 赤外線, マイクロ波, ...という区分である。これらを総称して「電磁波」と呼ぶことが多い。つまり光と電磁波は同じ概念である。ところが, 電磁波の中でも特に紫外線・可視光線・赤外線あたりを光と呼ぶという慣習も存在する。これは文脈によって使い分けるのである。短い波長から長い波長に向けて順に並べると以下のようになる:
可視光線は人の目に見える光であり, その波長に応じて人の目では色を感じる。波長に応じた色の順序は虹の色の順序と同じである。虹(主虹)は内側から外側向けて, 上の「紫, 藍, 青, 緑, 黄, 橙, 赤」の順に並ぶ。短波長の光が内側に, 長波長の光が外側に来るのだ。この順序を人は外側(長波長)から内側(短波長)に向けて暗唱して覚えるのである。
覚えよう! 虹の色の順番(可視光の長波長からの順番): 「せき, とう, おう, りょく, せい, らん, し」
光は波なので, 伝わる速さがある。真空での光の速さ(光速)は
覚えよう: 光速は「にくくなくにしごや(憎く鳴く西小屋)」(299792458; m/sの単位で)
光の速さ(真空で)には驚くべき不思議な性質がある: それは観測者がどのように観測しても同じなのだ。これを光速不変の原理という。それを説明しよう: 普通, 何かの速さは観測者が移動していれば違って見える。例えば速さ20 m/sで走っている車を, 同じ方向に速さ5 m/sで走って追いかける観測者から見ると, 車は速さ15 m/sで遠ざかるように見える。ところが, 光の場合は違うのだ。速さ299792458 m/sで走っている光をその半分の速さで追いかける観測者から見ると, 光はかわらず速さ299792458 m/sで遠ざかるように見えるのだ。極論すれば, 速さ299792458 m/sで走っている光を速さ299792457 m/sで追いかける観測者から見ても, 光は速さ299792458 m/sで遠ざかるように見えるのだ。
質問: そんなバカな話があるはずないです。辻褄があいません。速さ299792458 m/sで走っている光と, 速さ299792457 m/sで追いかける観測者は, 1秒間でそれぞれ299792458 mと299792457 mだけ進むのですから, その差は1 mです。1秒間で1 mの差が開くのですから, その速さは1 m/(1 s)=1 m/s以外にありえません。
質問: では, 光と同じ速さで動く観測者から光を見たらどうなるのですか?
ところが, 光は水やガラスなどの物質の中に入ると, 速さが落ちる(見かけ上, 上がることもあるがそれはここでは触れない)。その仕組みはいずれ説明するが, 端的にいうと, 物質(原子や分子)の中の荷電粒子(ほぼ電子)が光の電場で揺らされてそれ自体が光を出し, 元の光との重ね合わせが起きる結果である。その様子を表すのが「屈折率」という量である。すなわち, 物質中の光の速さをc'とすると, 屈折率nは次式で定義される(これは後で「複素屈折率」というものを考える時に再定義される):
質問: 屈折率って, 光が水に入った時に角度が変わるやつですよね。速さって言われると違和感あります。
実は, 屈折率は波長によって違うのだ。たとえば水の屈折率は可視光で1.33と書いたが, 可視光の中でも微妙に違って, 短波長ほど大きくなる(400 nm程度では1.34程度)。このように, 物質の屈折率が波長に依存するという現象を「分散」(dispersion)という。
質問: 分散って, 統計学で出てくるやつですか?
この分散によって, 虹という現象が説明できる: 太陽光は多くの波長の正弦波の重ね合わせだが, それが水玉に入射すると, 入射する時に1回屈折し, 水玉の内部で1回反射し, そして水玉から出てくるときに1回屈折する, という経路をたどる。その結果, 光が入射する方向と出てくる方向には角度がつく。その角度は, 2回の屈折の角で決まるのであり, それは屈折率が大きいほど大きい。つまり, 屈折率の大きな光(短波長の光)は大きく曲げられる。その結果, 水玉から出てくる光は, 波長によって(つまり色によって)別々の方向に出てくる。これが虹が色に分かれる理由である(プリズムもだいたい同様である)。これは重ね合わせの原理とフーリエ解析の考え方の強力さを如実に表す例である。虹は分光器であり, フーリエ解析をやってくれているのだ。
太陽や蛍光灯やLED(発光ダイオード)やレーザーなど, 光を発するものはたくさんあるが, それらはどのように光を発するのだろうか?
1. 荷電粒子が加速度を持つ時の放射(古典論)
双極子放射 シンクロトロン放射 制動放射2. 原子・分子のエネルギー準位の遷移(量子論)
蛍光灯(フォトルミネセンス)3. 粒子の対消滅(量子論)
LED(エレクトロルミネセンス)