論文の書き方: 投稿論文編

筑波大学生命環境系 奈佐原(西田)顕郎

2004/03/26作成

 投稿論文とは, 科学雑誌に投稿され, 査読された上で受理・掲載され, 世界中に広く公開・出版される論文のこと。ここでは, 卒論・修論・D論などの「学位論文」とは違う, 投稿論文ならではの約束事を簡単にまとめておく。詳しいことは, その手の本を読むこと!


投稿論文の価値

科学の業界では, ほぼ全ての価値は投稿論文に基づきます。研究成果は投稿論文で評価されます。研究者の業績も、投稿論文によって評価されます。投稿論文は、人類の知的資産として, 永く保存されます。投稿論文になっていない研究成果は非公式なものであり, 子どもの自由研究と大差ありません。学位論文も、その内容を投稿論文として公表しない限り, 研究成果としてまっとうな扱いを受けることはほとんどありません。

プロの研究者(もしくはそれを目指す人)とは, 投稿論文を世に出せる人です。プロの研究者を目指さない人も, 自分の研究成果を世に出したければ, 投稿論文を出さねばなりません。

学生さんは「学会発表」に憧れを持つかもしれませんが, いわゆる学会の年次発表会(学術講演会)で口頭発表すること自体は業績として大きな価値を持ちません(招待講演は別)。柔道でのルールで, 「効果」や「有効」を何回とっても「技有り」や「一本」にならないのと同様に, 学会発表を何回やっても, 1本の投稿論文の価値には及ばないのです。

主著者と共著者

昨今は, 1本の論文に, 複数の著者が存在するのが普通です。著者のリストの最初に現れる著者を主著者, それ以外を共著者と呼びます。主著者はその論文作成の大部分を担当します。論文の功績は, ほとんどが主著者に行くと思ってよろしい(感覚的は, 7割が主著者で, 残りの3割を共著者で分け合う, というかんじ)。なので主著者は多くのものを負担しますが, 得られる名誉も大きいのです。

受付(receive), 受理(accept), 掲載却下(reject)

論文を科学雑誌に投稿した際, 大きな節目が3つあります。まず「受付」は, 投稿された論文が科学雑誌の編集部に届きましたよ, という段階です。宅急便の受け取りみたいなものですが, 発見の先取は受理の日付で判断されるので, さりげに重要な節目です。

受理は, 論文の品質や価値がその雑誌に値するものと評価され, 「掲載しましょう」という判断に至った時点です。長い苦労が報われる, 大変に嬉しい瞬間です。研究室の同僚や知り合いが「アクセプトされた!」と言ったら「おめでとう!」と言ってあげましょう。

掲載却下は, 論文の品質や価値やテーマがその雑誌に見合わないし, ちょっとやそっとの修正でどうにかなるレベルではないので, この雑誌には掲載しませんという決定です。大変悲しい瞬間です。研究室の同僚や知り合いが「リジェクトされた...」と言ったら「ドンマイ」と言ってあげましょう。

担当編集者と査読者

論文は投稿されると, まず担当編集者によって吟味されます。この担当編集者は, あなたの専門分野に近い研究者です。彼/彼女があなたの論文に価値を見出さない場合は, この時点でリジェクトとなります。これをデスクリジェクトといいます。そうでない場合は, 彼/彼女は, あなたの論文を評価できる専門家 (査読者)を数名選定し, 彼らにあなたの論文を送ります。

査読者は匿名です。査読者はあなたの論文を読み, 評価し, 質問や修正意見を出します (査読コメント)。担当編集者は, 査読コメントに基づいて, あなたの論文を再評価し, 価値なしと認めた場合はこの段階でリジェクトになります。そうでない場合, すなわち, 査読コメントに対してあなたが返答・修正すれば掲載価値に達する可能性があると判断すると, あなたにメールを送り, 査読結果を知らせます。

あなたは担当編集者からのメールを受け取り, 査読コメントの1つ1つについて対応するように論文を修正し, その修正意図を担当編集者や査読者にわかるように説明します。場合によっては解析のやり直しやデータ追加が必要になります。このやりとりは, 複数回にわたることもあります。それが成功裏に終わると, あなたの論文はアクセプトとなり, 掲載が決まります。

投稿論文を書く手順

  1. 研究計画の段階で投稿論文を構想する ... 研究の始まりは研究計画です。この段階で, どのような投稿論文にまとめるかを, イメージし, それに即した研究計画を立てるべきです。無論, 研究は計画通りに進まず, 予想より悪い結果や予想より良い結果を得るかもしれません。そういうときは軌道修正が必要です。
  2. 既往研究を調べる ... そのテーマに関係する, 既往研究(投稿論文)を調べます(レビュー)。これを綿密にやらないと, どんな素晴らしい成果も「レビューが足りない」と言って突き返されます。
  3. 研究結果をプレゼンする ... 良い結果が出たら, それをゼミや研究会、学会発表会などでプレゼンします。そうやって, 人からどのように見られるかを探ります。それによって, その研究のオリジナリティをどのように説明すればわかってもらえるかが、クリアになります。
  4. タイトル・共著者・投稿先を決める(著者みんなで決める) ... タイトルは, できるだけ短くわかりやすいものを。共著者については, 慎重に考えねばなりません(後述)。投稿先の選択は, 雑誌の格がからんで難しい問題ですが, レビューした論文がよく出てきた雑誌が候補です。
  5. 図表を作る ... まず図表を作ります。目安としては, 全部で5〜8枚程度。図表はデータを示すものであり, それをもとに研究成果が述べられるので, この過程で, 論文のおおまかな流れができます。
  6. 本文を書く ... イントロダクション, 手法, 結果, 考察, 謝辞, 引用文献を書いていきます。最終的に英語論文にするにしても, ビギナーは, まず日本語で書くほうがいいでしょう。あらかた書き終わったものをfirst draftといいます。
  7. first draftを共著者に見せる ... 共著者から意見をもらいます。
  8. さらに論文を練り込んでいく ... 共著者の意見をもとに, 何回も書き直します。英語論文のfirst draftを日本語で書いた場合は, この時点で英語にします。図表の番号の整合性や, 引用文献リストに漏れがないかなどをチェックし, 投稿先の雑誌の「投稿規定」に合った書式に整えます。そうやってできたものをsecond draftといいます。
  9. secdond draftを共著者に見せる ... 共著者から意見をもらいます。この時点では大きな変更意見は出ず, 概ね確認にとどまるでしょう。
  10. 英文校閲に出す ... 英語で書く場合は, 英文校閲の専門業者に出します。時間は1週間程度, お金は5万円くらいが相場。多くの場合, お金は研究費から出してもらえる。
  11. 校閲結果を反映して修正する ... 英文校閲で, 多くの修正意見をもらうでしょう。そのひとつひとつを吟味し, 「もっともだ」と思った部分はその意見を採用して修正します。校閲業者は論文を正しく理解するとは限らないので, 修正意見の中には的はずれなものもあり得ます。この作業を終えたものをfinal draftといいます。
  12. final draftを共著者に見せる ... 共著者から意見をもらいます。投稿前の最終チェックです。
  13. 投稿する ... ほとんどの雑誌が, ウェブサイトを介した, 電子ファイルのやりとりで投稿を受け付けます。投稿手続きが無事に終わると受け取り(received)のメールが来ます。
  14. 待つ ... だいたい1, 2ヶ月。3ヶ月あたりになっても音沙汰が無ければ, 雑誌出版社に問い合わせましょう。
  15. 査読結果が来る ... たいてい, メールで来ます。このメールは共著者全員に転送します。
  16. 論文を修正する ... 査読結果に基づいて, 修正します。全ての修正意見や質問に答えねばなりません。このプロセスが, 精神的には最もキツイです。
  17. 修正した論文を送る ... 修正意見や質問に対する答えを添えて, 修正論文を送ります。これもウェブサイトを介するのが普通。
  18. 受理通知が来る ... 首尾よくいけば, 受理通知がメールで来ます。共著者に転送すると「おめでとう」のメールが返ってくるでしょう。この時点であなたの論文は業績として認められます。履歴書に書いてもOKです。
  19. 修正原稿を送る ... 受理されても, たいてい, 細かい修正要求がありますので, それをもとに修正します。
  20. 校正刷りが来る・返送する ... あなたの原稿が出版形式にレイアウトされて送られてきます。ここで, 細かい字句の修正などをします。内容の修正はもはやできません。
  21. 出版される ... 最近の雑誌はほとんどがオンラインで先に出ます。
  22. 支払いを済ませる ... 雑誌によっては投稿料がとられるところもあります。その経理処理をします。

日本語か英語か

科学の世界の事実上の共通語は英語です。基本、英語で出しましょう。ただ、卒論を投稿するときなどは、結果も小さいし、英語を書く技量も低いので、とりあえずの経験を積むために日本語で出すのもよいでしょう。

雑誌の「格」

世に科学専門雑誌は多々あります(ニュートンとかは違う)が, その中にも, さまざまな格があります。NatureやScienceは別格で, 全ての科学分野をたばねる, 横綱です。大関クラスは各分野にあります。格の高い雑誌は, 担当編集者が厳しく論文の質を吟味します。

タブー

絶対にやってはいけないことがあります。深刻な順に並べます。
  1. データの改竄や恣意的選別 ... 結果をきれいに見せるために, きれいなデータだけ残したり, 数値を変えたりするのはNG。
  2. 剽窃 ... 他人の論文を不用意にコピーペーストしてはいけません。必要ならば, 最小限の部分を引用し, 引用文献にきちんと明示すること(そうであれば剽窃ではない)。
  3. 2重投稿 ... ひとつの論文を同時に複数の雑誌に投稿することはNGです。リジェクトされた論文を別のところに投稿するのはOK。
  4. 既に公表した内容の再掲載 ... 既にどこかで投稿論文になった内容を, あたかも初出のように出すことはNG。出したければ, その論文を引用すればよいのです。
  5. 他人から得た非公開情報を, 許可無く出すこと。
  6. 他人の業績の無視 ... 既に誰かが似たようなことをやっていたら, その業績を適切に引用し, その人に比べてあなたの何が新しいのかを説明しなければなりません。
  7. 許可を得ずに誰かを共著者に加えること。