GNSSと電子コンパスを用いた野外調査実習

全球測位衛星システム(GNSS)

 全球測位衛星システムはGNSS (global navigation satellite system)という。スマホやカーナビの位置情報を出してくれるアレである。アレは便利だが, いろんな特徴や癖がある。それらを理解することで, より便利・正確に利用できる。

 GNSSは世界のいくつかの国がそれぞれ別個に運用している。最も有名なのは米国のGPS (Global Positioning System)である。諸君はGNSSという言葉は知らなくてもGPSという言葉は知っているだろう。GPSは長らく世界唯一のGNSSだった(だから昔はGNSS=GPSだった)。その後, 各国がGNSSを構築・運用を始めた。現在は米国のGPSに加えて, ロシアが"GLONASS", 欧州が"Galileo", 中国が"Beidou (北斗)"というGNSSを運用している。日本もQZSS「みちびき」というGNSSをJAXAが打ち上げて運用している。[参考]

 GNSSは地球をとりまく複数の人工衛星が常に電波信号を出している。君のスマホはそれをキャッチし, 幾何学的な計算をしてくれて位置を教えてくれるのだ。  ということは, 電波が届かない場所ではGNSSは役立たない。特に鉄筋コンクリートの建物の奥深くや地下などは厳しい。屋外であっても建物や樹木のそばだと, そっち方向にいる衛星からの電波が来ない。一方, 屋内でも電波がスカスカに届く建物なら大丈夫だ。ビニールハウスやテントの中は問題ない。鉄筋コンクリートの建物でも窓際に行けば, そこそこいける。諸君にはGNSSがイケる場所とイケない場所がどういう場所かをこの実習で掴んで欲しい。

実習0. 4~5人ずつの班をその場でつくれ。

これまで話したことのない人と組もう。以後の実習はその班の中で協力して行う。

実のところ, iPhoneよりもAndroidの方が, より適したアプリがある(我々が探した範囲では)。そのため, できるだけ各班に1人はAndroid携帯を持つ人がいるようにしよう(いなければ仕方ないが)。

実習1. 君のスマホにGNSSのアプリを入れて慣れよう

たとえば以下のようなものがある:

1-1: 班員全員が, "GNSS View"を入れて, 以下のことを行え。

(1) 最初の画面で"Position Radar"を選択せよ。すると星座早見表のような円型の図が出てきて, 現在地で今, 上空にどのようなGNSS衛星がいるかが表示される。Visible GNSSの数はいくつか? その内訳は?

(2) その画面でSelect Satelliteを押してみよ。すると, 衛星の種類が表になって出てくる:

QZSSだけを残して他のチェックを外して"Back"を押してみよ。"Position Radar"に戻り, 日本の「みちびき」だけが表示される。中心からほぼ南に向けて, 4つほどの衛星が並んでいるだろう。

ここで画面下の時間のボタンを左右にスライドさせてみよう。「みちびき」の各衛星の動き方がわかるだろう。同様のことをGPSについてもやってみよう。みちびきとどう違うか?

解説: 「みちびき」はほぼ東経140度の位置で地球の自転と同期して運動している。だから日本から見たら東西方向の動きは少なく, ほぼ南北方向だけに動いて見える。それに対してGPS衛星は地球の周りをほぼ縦横無尽に飛んでいるのだ。

(3) GNSS Viewの初期画面に戻ってAR Displayを押してみよ。仮想現実(AR)によって, スマホ越しに君の周りの空に浮かぶ衛星(のマーク)が見えるだろう!

解説: GNSS ViewはGNSS衛星の理論的な位置を示してくれるが, 実際の信号を受信して解析しているわけではない。それは次のソフトでやる。

1-2: GPS TestやGPS DATAといったアプリを入れ, 以下のことを表示・操作してみよ。班の中で助け合い, 全員が表示できるようにせよ。

(1) 緯度と経度

(2) 補足した衛星の数(20個〜40個くらいあるはず)

(3) 補足した衛星の空中での位置(星座早見表みたいな図)

(4) 位置精度(メートル単位で出てくるはず)

(5) 時刻(GNSS衛星の電波には時刻情報が入っている。それは極めて高精度であり標準時計のかわりにできる)

(6) 補足する衛星の種類を変えたり絞ったり(GPSだけにしたり, QZSSだけにしたり)。

1-3: 補足する衛星の数や位置精度は, 電波の受信状況によって変わる。建物の中や木の幹の側, 人の体で覆いかぶさったり, いろいろ工夫して補足衛星数を減らしてみよ。それに伴って位置精度はどう変化するか?

1-4: 受信状況の良い場所をえらんで, 緯度経度情報の数値の変化を観察せよ。秒の小数点以下が時々刻々と変わっていくだろう。1分間くらい観察し, その変動幅はざっくりどのくらいか秒単位で答えよ。それを仲間の結果(計測場所は互いに数mくらい離れていてもよい)と比べよ。異様に小さい人や異様に大きい人はいるか? いたらその理由を考えてみよ。

1-5: 地図上で再現可能な場所(何かの真ん前とか橋の真上とか)を選んで, そこで緯度・経度を計測せよ。全員が同じ場所で行え。それを記録し報告せよ。

1-6: メンバー全員のデータから, 緯度と経度の標本平均を求めよ。

1-7: メンバー全員のデータから, 緯度と経度の標本標準偏差を求めよ(不偏分散から求めてもよい)。

1-8: その標本標準偏差は, 距離にすると何メートルか? ヒント: 地球一周はほぼ4万kmである。

1-9: その標本標準偏差をアプリの表示する位置精度と比較せよ。どちらが大きいか?

1-10(オプション): メンバー全員の緯度経度計測値は互いに独立と言えるだろうか? 独立性を妨げる要因があるとしたら何か? 話し合え。

1-11(オプション): メンバー全員の緯度経度計測値は互いに独立と仮定して(無理があるかもしれないが), 緯度・経度の標準誤差を求めよ。標準偏差は標本標準偏差を使えばよい。標準誤差を1 m未満にするには, 計測の反復回数を何回くらいにすべきか?(大数の法則)

ここで君は大きな教訓を得たはずだ。統計学は野外計測の精度評価において有用であり必須なのだ。特に, 標準偏差によって誤差の大きさを評価したり, 反復によって誤差を小さくするには大数の法則など, 「統計学入門」や「実用解析I」で学んだことが役立つのだ。

実習2. 現在地の標高を計測しよう。

 GNSSは標高も計測できる。ただし, GNSSが計測するのは標高ではなく「楕円体高」というものである。これは地球を回転楕円体と近似し, そこからの距離である。それに対して, 標高は「ジオイド」(地球の重力の等ポテンシャルエネルギー面のひとつであり, 平均海水面に近いもの)からの距離である(1年次「物理学」でやった!)。ジオイドは回転楕円体よりも上にあることも下にあることもある。回転楕円体から見たジオイドの高さを「ジオイド高」という。つまり, 「楕円体高 = ジオイド高 + 標高」である。ということは,

「標高 = 楕円体高 - ジオイド高」

だから, その場のジオイド高がわかればGNSS計測された楕円体高から標高がわかる!!

注: 「ジオイド高」は「ジオイドからの高さ」ではなく, 「楕円体からジオイドまでの距離」つまり「ジオイドの楕円体高」である。まぎらわしいが注意しよう。

地球全体でジオイド高はどこがどのへんかは概ねわかっている(測地学者ありがとう!)。そのデータは君のスマホのそのアプリにも入っているはずだ。だから, アプリで「標高」と「楕円体高」を切り替えて表示できるだろう。GPSTestでは, ↓この"Use Geoid"を有効にするとジオイドからの高さ, つまり標高になる。

2-1: 君のアプリを使って, 現在地の標高を求めよ。(洞峰公園周辺では約20 mのはず)

2-2: 君のアプリを使って, 現在地の楕円体高を求めよ。(洞峰公園周辺では約60 mのはず)

2-3: このサイトでジオイド高を計算し(洞峰公園周辺では約40m程度のはず), 「標高 = 楕円体高 - ジオイド高」の式が成り立っているか確認せよ。

ここで君は大きな教訓を得たはずだ。スマホで「標高」を計測したとき, それがほんとに「標高」なのか, それとも「楕円体高」なのか, そこを誤解すると, 大きな間違いをしてしまう(40mもずれる!!)ということだ。こういうことをちゃんとわかって対処できるかどうかが「しっかりした人」のひとつのポイントである。1年次の「物理学」でポテンシャルエネルギーを学んだのはこの伏線だったのである。

2-4(オプション): 仲間の標高計測値を集めて, 標本平均・標本標準偏差・標準誤差を求めよ。

2-5(オプション): そのアプリで歩道橋の高さを計測してみよう。歩道橋のたもとと歩道橋の上でそれぞれ標高を測り, その差で歩道橋の高さを求めよ。班員全員がそれぞれ行って, 標本平均・標本標準偏差・標準誤差を求めよ。

2-6(オプション): 2-4の標準誤差と2-5の標準誤差を比べてみよう。2-5は2つの標高の差を測っているので, 誤差伝播の法則(V[X-Y]=V[X+(-Y)]=V[X]+V[-Y]=V[X]+V[Y])から, それぞれの標高(橋のたもとと上)の誤差の2乗どうしの和の平方根となる。ここでは誤差として標準誤差を用いると, たもとも頂上もほぼ同様に2-4の標準誤差を仮定すれば, 2-4の標準誤差の√2倍が2-5の標準誤差になるはずだ(ただし誤差同士が独立ならば!!)。実際そうなっているかどうか調べよ。


電子コンパス

 コンパスは地磁気を計測して, 東西南北の方位を教えてくれる。古典的には小さな棒磁石を使うが, 今はスマホに電子デバイスとして入っている。スマホを水平にすると, 縦に持ったときのスマホの頭の方向が電子コンパスの差す方向である。北を0度とし, 東が90度, 南が180度, 西が270度, というふうにぐるっとまわって360度で北に戻るような角度で方位を表す。

 コンパスで方位を測るとき, 気をつけるべきことがある。それは「北」の定義である。北といえば北極点へ向かう方向だが, それを「真北」という。ところがコンパス(磁石)は北極点ではなく「北磁極点」を差す。これらはかなりズレているので, 磁石の差す北(それを「磁北」という)は真北から結構違う(その違い, つまり真北から見た磁北の方位を「偏角」という)。従って, 方位の計測や表現において, 「真北からの方位」なのか? それとも「磁北からの方位」なのか? それを明確に区別して計測・記録しなければならない。多くのスマホアプリは設定次第でどちらにも対応できるはずだ。裏をかえせば, 設定しないと対応できない(泣)。

実習3: 電子コンパスで方位計測

3-1: 君のスマホに電子コンパスのアプリを入れよう。Android携帯では先ほど使った"GPS Test"にもその機能がある。班員全員について, スマホの種類(iPhoneかandroidか)と, どういう名前のGNSSアプリを入れたかを記録し報告せよ。

3-2: そのGNSSアプリで以下のことを表示してみよ。班の中で助け合い, 全員が表示できるようにせよ。とりあえず方位計測の対象は何だってよい。

(1) 真北 (true north) からの方位

(2) 磁北 (magnetic north) からの方位

(3) 偏角(declination)... 一定のはず。西向きに何度, という値だろう。

↑これはGPSTestで表示した真北からの方位。画面右下にTとあるのが"true north"の意味。右上のDeclinationが偏角。Wは「西向き」という意味。

ここで, (1)と(2)の差が(3)になっているはずだ(同じ対象に向けているとき)。

ここで君は大きな教訓を得たはずだ。スマホで「方位」を計測したとき, それが真北からなのか, 磁北からなのか, そこを誤解すると, 大きな間違いをしてしまう(7度もずれる!!)ということだ。繰り返しになるが, こういうことをちゃんとわかって対処できるかどうかが「しっかりした人」のひとつのポイントである。

3-3: 班全員で同じ方位を計測して比較せよ。すなわち, 立ち位置をひとつ決め, そこから遠くの目標物(木でも電柱でも筑波山でもよい)を決める。その方位を各自がかわりばんこに測るのだ。その結果を比較せよ。そのくらいばらつくか? 慎重にやらないと結構ばらつくはずだ。ばらつきを抑えるにはどういう工夫が必要だろうか?

解説: ここでばらつきが大きい場合は, 「補正」(calibration)が必要な可能性が高い。アプリの中をいろいろ探して, コンパスを補正する機能を見つけ, 実行してみよ(スマホを8の字に振り回す)。

↑これはGPSTestの補正の画面。

3-4(オプション): メンバー全員の方位データから, その標準誤差を求めよ(標準偏差は標本標準偏差を使えばよい)。標準誤差を1度未満にするには, 計測の反復回数を何回くらいにすべきか? (大数の法則)


発展課題

(オプション)GNSSと電子コンパスは異なる原理で動く異なるセンサーである。そこで, これらの計測結果同士の整合性を調べることで, これらのセンサーの性能を評価できる。それをやってみよう。原理は, 2つの地点A, Bを設定し, それらの緯度経度をGNSSで測って, AからBへの方位を理論的に求めるのである。そして実際にAからBを電子コンパスで望んで方位を測る。それが小さな誤差で一致していればバンザイ!!である。合っていなければ何かがおかしい。その原因を追求するのだ。細かいやり方は諸君に任せる。工夫して実行せよ。それが野外調査であり研究なのだ。

(おしまい!)